はじめに

やや難しいかもしれないけれど、これは絶対文章化したいと考えていたお話です。お習字の先生をするにあたって、もしかしたら字が上手なこと以上に大事なことなのではないかと思っております。

臨床心理学をしっかり学んだ方であれば必ず触れる概念に「枠」(=治療構造)というものがあります。

ただこの「枠」の話、心理士では常識中の常識なのにもかかわらず、ウェブ検索してもそれほど多く引っかかりませんし、一般の方向けの書籍などにも記述が見られません。

この臨床心理学の「枠」というのは、主にカウンセリングなどで用いられる概念で、カウンセリングや治療をする上での設定のことを言います。

「枠」を設定することによって、

  • 患者さん・クライエントさんの心を守るので話がしやすくなる
  • 精神的な疾患等の発症や増悪を防ぐ
  • 治療が進みやすくなる

などの効果があるとされています。

前編では、カウンセリング場面での「枠」の話を、後編ではお習字教室に当てはめた場合の話をしたいと思います。

カウンセリング場面での「枠」の話

カウンセリング場面での「枠」は、①時間的な枠、②空間的な枠、③ルールの枠の3つに大別されます。

①時間的な枠について

たとえば、毎週金曜日の15時から60分カウンセリングをする、といったような設定のことを言います。今日は話したいことがたくさんあるから延長する、疲れたから短時間で、今週はしんどいから多めに行く、など、フレキシブルに対応してあげた方が親切なカウンセラーさんだと感じられるかもしれません。しかし、時間的な枠の逸脱、つまり時間をフレキシブルに変更することはあまりよくないとされています。

②空間的な枠について

たとえば、毎回のカウンセリングをA相談所で行うというような設定のことを言います。今日は気分を変えて近所の喫茶店で行う、たまたま街を歩いてたらカウンセラーとクライエントさんが出会ってしまったのでそのまま立ち話でカウンセリング、などといったことは、空間的な枠の逸脱として良くないとされています。毎回同じ場所で行うことによって、この場所に来ると落ち着く、落ち着くからきちんと話が出来る等の効果も期待できます。

③ルールの枠について

カウンセリング場面でよく設定されるルールとしては、金額(カウンセリング料)の取り決め、守秘義務、暴力を振るわない、物を壊さない、法令を守るといったものがあります。どれも当然といえば当然のことです。例えば、守秘義務があって自分の話したことが外部に漏れないと思えることで、きちんと不安なく話せるようになります。また、金額について、今回はお金がないから無料でなどと対応することは、一見するととても親切で良いことのようなのですが、案外治療効果を低下させるなどの大きな問題を引き起こします。

ここでは理論の詳細はだいぶ割愛しますが、枠を逸脱する、つまりフレキシブルに変更することは、どうにも集中できなくなったり、場合によっては依存の原因や病状の悪化につながることもあったりするので、やらない方が良いとされています。

枠が問題となる場面

枠が問題となるのはカウンセリング場面だけではありません。

学校の授業

一日のはじめと終わりのホームルーム、起立礼着席や挨拶、制服の着用、校則などによって枠が確保され、生徒も教師も守られます。枠をきちんと設定しないと、学級崩壊などの一因になるとも言われています。

芸能人とファンの関係性

例えば舞台等という空間的枠、お金を払う・貰う関係、会える時間(公演中のみ等)の設定によって、一定の距離を保つことができます。近づきすぎないことによって、お互いの生活や心が守られます。距離が近づきすぎると依存関係による精神的・金銭的破綻も考えられます。