最初のブログなので、ここでは、書写書道講師をしている私の個人的な話や想いのようなものを書いておきたいと思います。

元々数年前までは、書写書道講師というよりも教育畑の心理屋をしていました。

高齢の師匠から跡を継いでほしいという話があり、だいぶ色々悩んだ末に今の状況に至ります。

私本人はあまり書道や美文字の才能にあふれた人ではないのだろうと思います。

昔からずっと書くことが大好きではありましたが、子どもの頃には、同級生たちの整った字と自分の字を見比べて、だいぶ違うのはわかるけれどどうしたものかと悩んだ時期もありました。

書道部でも下の下、師匠のところに入門してからもなかなか成績は上がらず、あとからはじめた方にもどんどん先を越され、大きな賞とも無縁でした。

師匠から跡を継ぐようにと言われたときも、弟子の中には私よりずっと上手な方が何人もいらっしゃいましたし、どちらかというと私は師範の中でも下手な部類だったと思います。

それでもやっぱり書くことは楽しく、奥深い書道理論を学ぶこともとても興味深く、途中何度もブランクはありましたが、結局40年近く美しい字にあこがれ続けています。

私の生徒さんの中には、大きな賞を取るような上級者さんやセンスのかたまりのような方もいらっしゃいますが、ずっと字が汚いことに悩んできた方、書字障害の方、脳梗塞の後遺症等で上手く書けない方など、書くことに困難を抱えている方も大勢いらっしゃいます。

一般にセンスがないと言われる方にも、なんとかして上手に書けるようになってほしいという想いで、「見て学べ」「自分で考えなさい」ではなく、どんどん言語化するスタイルでやってきています。

私が教育現場で培ってきた言語化のスキルや、これまで学んできた造形理論などの知識は、抽象的な「美しさ」を誰にでも理解できるよう落とし込むのにとても役立っています。

こんな汚い字でお習字教室に通っていいのだろうか、今まで美文字練習帳を何冊もやって書道教室にも通ってきたけれど普段の字が上手にならない、もう若くないから字は上達しないだろう、書字障害だから字が書けるようにはならないだろう、何度も書写検定に落ち続けていて光が見えない、発達障害で座っていられず他の教室で断られた。

さまざまな悲しい想いを抱えた生徒さんがいらっしゃいますが、やりようによっては案外何とかなることも多いだろうと感じています。

80代からはじめて師範を取られた方など、60代以上ではじめる方も多くいらっしゃいますので、いつはじめても良いのでしょう。

お子さんの指導では、字の上達だけではなく、文化普及の一環としての書写教育を心がけています。

私は6歳ではじめてお習字教室へ行きましたが、そのとき「か」は左と右の間を離して書くのだと教わったことを今でも鮮明に覚えています。

そこで、文字には上手になるための理論があり、それを覚えれば上手になるのだと感じたことが、私の原点になっています。

子どもの頃にこのような体験をしたことで、美しい文字を書いてみたいという意識が高まり、街中などで美しい文字を見かけては嬉しい気持ちになったりしておりました。

今私が教えているお子さんの多くは、受験などで一旦お習字から離れていきます。

それでもお習字の原体験によって、美しい文字への憧れを持ったり、博物館・美術館や書道展に足を運んだり、といった文化活動につながれば、お習字経験が意義のあるものになるのではないかと考えています。